みなさん、こんにちは。いろはのページです。
今日は、死者に『お前はもう死んでいる』と言ったらどうなるのか、という疑問が出たので検証してみました。
さらには、〈死後の状態〉や〈来世〉についても考えを広げてみましょう。
1、『北斗の拳』の超有名な決めゼリフ
アニメ『北斗の拳』では、悪事を働く男たちに対して、北斗神拳を使って相手の〈経絡秘孔(けいらくひこう)〉を突いて倒します。
そして、ケンシロウが、
「お前はもう、死んでいる!あと5秒だ」
などというと、相手は信じられない表情をしながら、爆発(?)して死んでしまうのですね。
厳密には、まだ死んではいないので、ここのところは、
「お前はもうすぐ、死ぬだろう」
と言うべきですが、それでは面白くないですね。
ケンシロウによって、悪人たちが次々と倒されていく場面は、まさに圧巻です。

では次に、実際のわたくしたち人間は、死んだらどのような状態なのかを考えてみましょう。
2、人の死後の状態は、千差万別
1、いろいろな死の間際(まぎわ)の状況
北斗の拳のキャラクターの場合は、脳死もしていないし、心臓も動いているので、厳密にはまだ死んではいません。
では、本当にすでに亡くなってしまって、遺体も処理(火葬や土葬など)されてしまっている場合はどうでしょうか。
はたして死者の霊魂は、自分の死について、認識しているでしょうか?
これには、いくつかの状況が考えられます。
1、事故や事件で突発的に死亡してしまった場合
2、 長年の闘病で自分の死が間近に迫っていて、死を覚悟していた場合
3、高齢で、認知機能も低下して、眠るようになくなる場合
これ以外にも、細かくいろいろと想定出来るでしょう。
2、死の間際の状況によって、それは異なる
いずれの場合であっても、死後に自分の死が自覚出来るかどうかは、その人によって違ってくるでしょう。
1の場合、死後も自分の死を自覚しないでいる可能性が高くなるでしょう。
死を自覚したとしても、そこに強い後悔の気持ちが残る場合と、そうではない場合に分けられますね。
死後の状態は、その人の死生観や宗教的な背景によっても異なってくるでしょう。

3、お坊さんのお経は、死者には通じない
1、幽霊は、知らんぷり
以前YouTubeで、ある霊能者が、よく幽霊が出るという心霊スポットに行った時のお話をやっていました。
その時に、その心霊スポットで“幽霊(死者)”が視えていたのですが、そこでお坊さんがお経を唱えたそうです。
でも、肝心の幽霊は、すぐ横で、何食わぬ顔でその状況を見ていた、という話がありました。
要するに死者には、お坊さんの祈りも通じていなかった、っていう事ですね。

2、次元が異なる〈この世〉と〈あの世〉の世界
そもそも、この世と死者の住む世界は、次元が異なります。
ですから、霊視能力も成仏力も何もないお坊さんが、一生懸命にお経を唱えたところで、死者に届かないのは当然かもしれません。
4、臨死体験にみる“死”の状況
1、肉体を離れて存在するこころ
さて、いわゆる『臨死体験』というのがあります。
キューブラロス博士やエベン・アレクサンダー医師をはじめ、数多く報告されていますね。
その経験した人の話では、たくさんの似たようなお話が出てきます。
死後(?)に、美しい花畑を歩いて行って、途中で後ろから声がしたので、振り返ると目が覚めた(生き返った)、といった体験談がよく報告されています。

または、手術台に乗せられた自分を、上方から、何人かの医師やスタッフに囲まれて手術を受けている場面を見ていた、といった報告もあります。
それは単なる空想ではなく、実際にその場にいなければわからない細かい部分までをも、“見ていて”記憶しているのです。
こうした報告から、人間の〈意識〉というものは、必ずしも“脳”にあるとは言えないのですね。
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2、臨死体験は、死者の体験ではない
でもそうした、『臨死体験』はどこまでも、生き返った人の体験であって、“本当に”死んでしまった人の体験ではありません。
ですから、臨死体験者の話を聞いて、誰もが死んだら美しい花畑に囲まれて楽しく歩いていける、と考えるのは、楽観的すぎるでしょう。
5、前世の記憶を持つ子どもたち
1、数多くある〈前世の記憶〉
ところで、前世の記憶を持つ子どものお話がたくさんありますね。
有名なイアン・スチーヴンソンの『前世を記憶する子どもたち』をはじめ、たくさん報告されています。
もしかしたら、あなたご自身か、身近な家族に前世の記憶の断片を持っている人もいるかもしれません。

2、日本の転生物語
以前にわたくしは、『勝五郎の転生』に関するBlog記事を書きました。
勝五郎の転生物語は、平田篤胤が記録している日本の信頼できる転生の記録です。
あのラフカディオ・ハーン(小泉八雲)も報告していますね。

そうした報告をみますと、死後の記憶を持っている人がいることがわかりますね。
どうやら死んで、何も無くなってしまうのではないようです。
こうした前世の記憶をみてみましても、死後も何らかの“意識”なるものがあるのではないか、と推測できます。
6、死者に“想い”を届けるのに必要なもの
1、亡くなった人に語りかけても・・・
では、死んだ人たちにこちらの想いを届けるには、どうすればよいのかを考えてみたいと思います。
『北斗の拳』では、倒した敵に対してのセリフです。
ですが、わたくしたちが亡くなった人に語りかける場合、それは感謝の気持ちやより良い世界に行ってほしい、といった気持ちが多いと思います。

そうは言っても、先ほどのYouTubeのお坊さんの例でもある通り、わたくしたちがお墓や仏壇の前で語りかけても、死んだ人には何も届いていない、って事が考えられますね。
では、どうすれば良いのでしょう。
2、阿闍梨の高い霊能力が必要
このことについて、『守護霊を持て』(平河出版社)の著者・桐山靖雄師は、次のように述べています。
『まず、解脱供養法を修する阿闍梨(あじゃり)が、諸法皆空のさとりを完全に体得していなければならない。つぎに、その導師が高い霊能力を持っていて、苦悶する不成仏霊にそのさとりをつたえる力がなければならない。そうして、その導師のさとりが、そのまま不成仏霊のさとりになって、解脱するわけである。』
このように、高い境界(きょうがい)の阿闍梨が持つ、成仏させる力(成仏法)が必要なのですね。
3、より高い“来世”を生きるために
このことからわかりますように、死者に想いを届けるのに大切なのは、“成仏法(じょうぶつほう)”という供養法なのですね。
亡くなってこの世に強い執着を残したままでは、死後も苦しみ続けています。
わたくしたちは、その苦しみを無くしてあげたいと思います。
さらには、次にどのような人として生まれ変わるのか、という問題が控えています。
ですので大切な人や家族など、亡くなった人がより良い来世に行けるようにするためには、どうすれば良いか。
その魂が安らぐ冥界(冥土)に送り届ける“供養法(成仏法)”の力が必要なのですね。
ただ話しかけるだけでは、相手には届いていないので、何も変わらない、ということです。

7、まとめ
最初の問題の結論としましては、
“死者に「お前はもう、死んでいる」と話しても、何も通じない”
となります。
今回は、『北斗の拳』の名ゼリフから始まって、死後の世界や来世の問題など、かなり奥深い内容を、(ごく簡潔にではありますが)考察してみました。

このblog記事をご覧になった皆さまが、より深い洞察を得られましたら幸いです。
【参考文献】
『死ぬ瞬間: 死にゆく人々との対話 』(エリザベス キューブラー ロス 著、 川口 正吉 翻訳、読売新聞社)
『証言・臨死体験』(立花隆著、文藝春秋)
『前世を記憶する子どもたち』 (イアン・スティーヴンソン 著、 日本教文社 )
『仙境異聞 勝五郎再生記聞』(平田篤胤著、岩波文庫)
『守護霊を持て』(桐山靖雄著、平河出版社)


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