みなさん、こんにちは。いろはです。
今日は、とても印象的な作品をたくさん残された石田徹也さんをご紹介したいと思います。

1、若くして亡くなった天才
石田徹也(以下、敬称略)は、1973年、静岡県焼津市に4人兄弟の末子として生まれました。
2005年5月23日、31歳の若さで亡くなられました。
小田急線の踏切で列車に轢かれての事故でした。
石田は、武蔵野美術大学を卒業後、数々の素晴らしい絵画作品を描きました。
その作品は、亡くなられた翌年、NHKの『新日曜美術館』にも紹介されています。
その作品たちを観ると、シュールレアリズムといっても良い、不思議な表現が展開されています(本人はどう呼んでいたのかわかりません)。
ほぼすべての作品には、本人(?)と思われる人物が登場します。
そこには現実にはありえない光景が、リアルなタッチで表現でされています。
よく抽象画を見て“わからない”と感想を言う人がいますね。
でも石田の絵は、現実的な人物や物がきちんと描かれていて表現としては、“わかる”のです。
しかしその意味する内容は“わからない”と感じられる人が多いのではないでしょうか。

石田徹也の絵を見ていると、じっと引き込まれてしまう引力のようなものがありますね。
不思議な光景であるだけではなく、その表現には何か、わたしたちの心の奥深くにあるものを、ザクっと刺激するようなものがあります。
2、心地良くない作品たち
通常、“絵画”というものは、家の部屋の中のどこかに飾り、安心して鑑賞するのが期待されます。
その絵を壁に掛けることによって、雰囲気の良い部屋の空間が作られるのですから。
でも、石田の作品は、とても部屋の壁に安心して飾っておけるシロモノではありませんよね。
その絵を観ていると、落ち着くどころか、逆に心が穏やかではなくなってくる。

「囚人Prisoner」
自分のこころの無意識の奥底にある、いつもならばフタを閉めて忘れて去っている“何か”が、あぶり出されてくるのです。
芸術家の岡本太郎さんは、『芸術の三原則』として、次の三つをあげています。
1、綺麗であってはならない
2、心地よくあってはならない
3、上手くあってはならない

石田徹也の作品は鑑賞していて、とても心地よい気持ちにはならないでしょう。
わたくしたちは石田作品を観ていると、その不思議な内容には、確かに面白さを感じます。
と同時にしかし、観ている人に「このままではただでは帰さないぞ」と、強く語りかけている感じがするのです。

3、もし石田徹也が生きていたならば
では想像をたくましくして、もしも石田徹也が31歳の若さで亡くなることなく、その後も活動を続けていたならば、はたしてどのような作品を創作していたでしょうか?
ダリのような宗教画を描いていたでしょうか?
または、ミロやピカソのように彫刻や陶芸作品をも手がけていたかもしれませんね。
.jpeg)
サルバドール・ダリ「超立体的人体(磔刑)」
あるいは、詩人となって“不思議な”詩作品を創作していたかもしれない。
と空想するのは、わたくしだけでしょうか。
きっと素晴らしい芸術家としての活躍をされていたでしょう。

今回は、石田徹也という素晴らしいアーティストを簡単にご紹介いたしました。
このBlog記事をご覧になった皆さまが、石田徹也の作品を鑑賞して、新しい自分発見になれば幸いです。



コメント